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夕学レポート

2009年10月13日

堀場 厚「大波に打ち勝つ経営」

堀場 厚 株式会社堀場製作所 代表取締役社長 >>講師紹介
講演日時:2009年5月28日(木) PM6:30-PM8:30

京都に本社を置く堀場製作所は、自動車業界、半導体業界など5つの業界向けに、計測システム機器等を製造しており、従業員約5千人の半数以上が外国人というグローバル企業です。ビジネスパーソンの間では、社是の「おもしろおかしく」がよく知られています。
堀場氏によれば、この「おもしろおかしく」という社是については、「吉本興業でもあるまいし・・・」という批判を受けたこともあったそうです。しかし個別のニーズに対応した、カスタマイズ製品を提供する‘開発型企業’である堀場製作所では、なにより社員の「オリジナリティ」(独創性)が求められます。このオリジナリティは、私たちが趣味に没頭しているときのように、おもしろおかしく取り組む中で発揮されます。ですからこの社是には、こうした「趣味の感性」を仕事に活かしてほしいという思いが、込められているのだそうです。


堀場氏自身、「経営は無限のおもしろさがある」といいます。なぜなら、経営は、正解のない応用問題のようなものだからです。経営の場合、過去の成功事例はあまり参考になりません。なぜなら時代も人も対象も異なるからです。ですから、実践を通じて学び続けるしかないのです。欧米諸国の企業と比較すると、日本の企業は教科書に書いてある通りに答えを出そうとしがちだと堀場氏は感じています。
堀場氏は、実践で学ぶということの一例として興味深いエピソードを話してくれました。
堀場氏は若い頃は戦闘機のパイロットになりたかったのですが、視力が適正レベルになかったためあきらめました。かわりに民間飛行機のパイロット資格を取るため、米国留学時代、現地で免許取得を目指しました。ある時、飛行訓練を終えてカリフォルニア州サンタアナにあるジョン・ウェイン空港に戻ろうとしたところ、天候悪化のため空港は閉鎖されていて、待機指示が出て着陸許可が下りませんでした。
厚い雲の上で、しばらく旋回飛行を続けていたものの、燃料はどんどん少なくなってきます。飛行を続けられるのも残りわずか30分となっても、管制官は「別の飛行場に行け」としか言いません。しかし、別の飛行場に着くまでに、燃料切れで墜落してしまう可能性がありました。まさに絶体絶命の状況で他の飛行場を目指した中、ふと見ると雲の切れ間から空港のすぐ近くにあるディズニーランドが見えたそうです。そこで、堀場氏はその切れ間から、雲を抜け、閉鎖されていたジョン・ウェイン空港に強行着陸しました。
そのとき、堀場氏は、日本的な考えから、強行着陸をしたことが新聞沙汰になるかもしれない、またパイロットの資格はもう取れず、指導教官も教員免許を失うかもしれないと心配していました。ところが、堀場氏を迎えた教官の第一声は「コングラチュレーション!」(おめでとう)だったのです。もちろん、どんなに危険な状況にあったかを管制官からは叱責されたものの、教官からはなにより墜落の危機を乗り切り、無事に着陸した努力を賞賛されたそうです。心配していたことは全て杞憂に終わり、そして、無事パイロットの資格は取ることができました。この体験のおかげで、堀場氏は、燃料を満タンにすることはもちろん、天候の事前チェックを欠かさない「良いパイロット」になることを実践で学ぶことができましたし、米国的な失敗を活かす教育と、チャレンジマインドの大切さを体験しました。
日本ではこうは絶対にならなかっただろう、と堀場氏は感じています。教科書どおりの手順を教え、それに反することは認めない風潮があるからです。ですから、いざ実践でトラブルが起きると応用問題が解けず、右往左往してしまう。すごく良いパイロットに育つ芽をみすみすつんでいるのではないかと感じることもあるそうです。
堀場氏は経営を、これ以上の応用問題はないと考えています。米国での体験から、突発的な事態、すなわち「応用問題」を対処する機会に、若いときにチャレンジすべきであり、若いときであれば、失敗しても社会が、また企業が対応できるといいます。堀場製作所の経営には、こうした堀場氏自身の体験から得た学びが反映されているようです。
さて、堀場氏の考える企業の必須は以下の3点です。
・ビジネスモデル
・マネジメントモデル
・教育モデル
「ビジネスモデル」は、どの業界にどんな商品をどのように販売するかという広い意味の「商品政策」のことです。堀場製作所の場合、前述したように、企業毎のニーズに対応した商品を開発しており、大量生産品を製造する企業とは一線を画しています。堀場氏によれば、同社のものづくりは、お客様のことを考えてその時々に入手した新鮮な素材で、どんな料理を作るか考える割烹店のようなものだそうです。
「マネジメントモデル」については、協力会社との連携を大事にしている点が興味深いものでした。同社では、生産の8割方は600-800社の協力会社に委託しています。その中のセレクションされた80社はいわゆる「下請け」ではなく、ともに優れた製品の開発に従事する大切なパートナーです。経営環境が厳しくなって、他社が協力企業との関係を見直した時代にも、同社は逆に関係を強化したそうです。こうして築いてきた相互の信頼をベースに、現在の停滞期も乗り切ろうとしています。
「教育モデル」については、社員のことを「人材」ではなく、「人財」と呼び、その育成に最も力を入れています。また、「おもしろおかしく」という社是の通り、おもしろおかしく、エキサイティングに仕事に取り組めるような仕組みを作り上げているそうです。例として、堀場氏は自社の「FUNHOUSE」という研修所の話をしてくれました。ご自身が、以前、研修所での研修を終えると「シャバに出てきた」という感覚を持ったそうです。そこで、こんな楽しくない研修所ではダメだと、社員が行きたくなるようなペンション風の研修所を18年前に作りました。暖炉がありバーもある、そんな粋な研修所を作ったおかげで多くの社員が自主的に研修所を利用するようになったそうです。最近増築した研修所は高級リゾートホテル風。こちらもまた社員の人気を集めているとのことです。
堀場氏は、「コミュニケーション」をとても大事にしています。飛行機の操縦も、米国では操作技術だけでなく、管制官との英語のやりとりが理解できなければ安全に飛行することができません。おしゃれな研修所も社員間のコミュニケーションが活発に行われることを意図したものだそうです。
コミュニケーションも、eメールや携帯電話は便利ですが、「生の語りかけ」がとりわけ重要だと堀場氏は考えています。海外においても通訳を介したマネジメントは難しく、ヘタな英語でもいいから直接話しかけ、心を通じさせるのが大事だということです。今日の講演でも、あえて講演資料をスライドで投影せず、形式的なプレゼンテーションではなく、私たち受講生に語りかけるよう心がけられているようでした。堀場氏の経営者としての大きな魅力がじんわり伝わってくるような講演でした。

推薦著書
学力は1年で伸びる!』朝日新聞出版、江澤正思氏・隂山英男氏(共著)、2008年

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