夕学レポート
2010年06月08日
莫 邦富「中国から見た日本、日本から見た中国」
莫 邦富 作家、ジャーナリスト >>講師紹介
講演日時:2010年4月22日(木) PM6:30-PM8:30
莫氏は、まず「中国から見た日本」について語ってくれました。莫氏によれば、近年の中国人の日本に対する目線には大きな変化が見られるそうです。その変化とは、端的に言えば、日本がこれまで先行していた技術力などの「ハードパワー」から、日本人自身はあまり自覚していない「ソフトパワー」へと関心の対象が移り始めているということです。
文化大革命の後、崩壊寸前となった中国は1978年から改革・開放政策に転じます。その時、将来のあるべき姿として目標にかかげたのが日本でした。「今日の日本は、明日の中国である」と唱えて、日本から積極的に学ぼうと考えたのです。
また、当時の中国は「情報の荒野」と形容できるほど、外国についての情報が乏しかったのですが、欧米を初めとする世界の情報を入手する窓口となったのも日本でした。というのも、欧米の新聞等を取り寄せようとすると、中国に届くまでに約1ヶ月も必要だったからです。一方、日本の新聞等であれば、せいぜい10日~2週間で中国に届きました。したがって、外国の情報の多くは、日本を経由して中国にもたらされたのです。
さて、中国がまず日本から取り入れようとしたのは、冒頭に示したように日本が誇る「生産技術」などのハードパワーでした。中国企業は、日本企業の指導を仰ぎ、効率的でムダの無い生産方式である「カンバン方式」などを学んだのです。また、中国から日本にやってきた視察団は、東京の高層ビル群に驚き、最新の家電製品に囲まれた一般大衆の暮らしに憧れのまなざしを注ぎました。莫氏によれば、当時の中国にとって、日本はまさに仰ぎ見るような存在でした。
しかし、近年の中国の発展は目覚ましいものがあります。とりわけ上海など、沿岸部大都市の高層ビル群は、すでに東京を凌駕しています。また、中国の一般の人々の暮らしも(もちろん、まだまだ格差があるとは言え)、日本並、あるいはそれ以上の水準に達している人々が増えています。もはや、ハード面において、日本は学ぶべき対象ではなくなりつつあるのです。莫氏は、日本のハード面の魅力が失われてきたのは90年代後半だと感じています。それまで、莫氏は、中国からの来客を新宿の高層ビル群などに案内していましたが、「中国と変わらない、あるいは中国の方が上だね」といった反応が返ってくるようになったため、今では、日本のどこに連れていけば感心してもらえるのか、わからなくなったそうです。
今や日本のハード面の魅力はうすれましたが、中国人はいつからか、日本人が自覚していない「ソフトな魅力」に気づき、最近はそれを学ぼうとし始めています。ソフトな魅力とは、日本社会のあちこちで観察できる、秩序だった行動や清潔さ、礼節などです。例えば、軒を並べる民家の間のわずかな隙間に、日本人は木を植え、きちんと掃除してきれいな状態を保っています。中国人にとってこれは驚くべきことなのだそうです。家と家のわずかな隙間は、どちらの家にとっても役に立たない空間だから、中国であればゴミ捨て場になってしまうだろうと考えて、日本人に対して尊敬の念を抱くのです。あるいは、日本の旅館で、女将をはじめ宿の人たちが総出で客を見送りし、客を乗せたバスが角を曲がって見えなくなるまで深々と頭を下げ続ける姿に感動し、それだけの理由で日本に再びやってきた若者たちがいます。また、毎日何十万人もの通勤客でごった返す都心の駅において、一定以上の秩序が保たれていることも中国の人にとっては信じられないことです。中国では、お正月、つまり「春節」の頃、故郷に帰る人々の大移動のため駅は大混乱に陥り、機動隊が出動することさえあるからです。
ですから、すでに日本に匹敵するハードパワー、すなわち「物質的な豊かさ」を手に入れた中国が、これから日本に学ぼうとする対象は、ソフトパワー=「文化的な豊かさ」なのです。ですから、莫氏は、日本人自身も、自分たちの持つソフトな魅力をもっと自己認識すべきだと考えています。
次に、「日本から見た中国」について、莫氏は、中国に対する以前からの固定観念的な見方が未だに強いことを指摘します。ネット書店にアクセスし、「中国」のキーワードで和書を検索すると、その60%が「中国崩壊論」的な内容だそうです。中国の驚異的な発展に伴う、ネガティブな側面に日本人が焦点を当てがちなのは、経済力や豊かさのレベルで日本を追い越しつつある中国人に対するやっかみがあるのかもしれません。また、「豊かな沿岸部と貧しい内陸部」という固定観念も相変わらず根強いようですが、莫氏はこうした固定観念が、現在の中国の現実とはズレてきていることを具体例を挙げて説明してくれました。
例えば、人口462万人の地方都市、江西省南昌市にオープンしたケンタッキーフライドチキンの中国1号店は、28日間連続で個店売上世界一位を記録したそうです。同様に、同市に出店したウォルマートも1週間、売上世界一位を続けました。南昌市は、今でも通りを牛が歩いているような街ですが、その爆発的な消費力は、中国の地方都市における中流階級層の急速な広がりをうかがわせます。
その他の地方都市でも、中国の人々の消費力は増大しており、外国企業にとって大変魅力的なものであるようです。欧米の大手小売チェーンであるウォルマート、メトロ、カルフールなどが次々と出店しています。ところが、日本企業はこうした地方都市にほとんど進出していません。店舗はおろか、日本製品の広告でさえほとんど目につかないのだそうです。
中国各地で建設ラッシュが続いていることもあり、建設機械など、法人向け製品を作っている日本企業の中国進出は一定の成功を収めています。また、熊本市に本店を置き、香港・中国をはじめとして海外にチェーン店を展開している味千ラーメンのような飲食業で成功している企業もあります。しかし、地方都市のスーパーに行くと、地元メーカーのあまり品質が高そうに見えない商品しか並んでおらず、日本製品はまったくといっていいほど見つけることができないのだそうです。すでに、日本と遜色ない立派な家に住み、それなりのお金を持っている中国人が急増しているわけですから、日本企業の高品質な製品が受け入れられる可能性は高いのではないかと、莫氏は考えています。
最後に、莫氏は、日本が中国に学べることとして、「スピード感」と「学習意欲の高さ」を挙げました。中国人はとにかく積極的で、思い立ったらすぐに行動に移します。また、貪欲に何でも学ぼうという意欲が高いのです。すっかり成熟した現在の日本においては、スピード感や学習意欲が低下するのも仕方がないようにも思いますが、日本を拠点としている莫氏としては、これからさらなる成長が見込める中国の勢いを見習い、日本が再び、国としての自信と勢いを取り戻すことを強く願っていると講演を締めくくりました。
主要著書
『莫邦富が案内する 中国最新市場 22の地方都市』海竜社、2010年
『鯛と羊』海竜社、2009年
『日中はなぜわかり合えないのか』平凡社(平凡社新書)、2005年
『蛇頭』草思社、1994年(新潮文庫・1999年)
『新華僑』河出書房新社、1993年(中公文庫・2000年)
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