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夕学レポート

2011年01月11日

中尾 政之「失敗の予防学」

中尾 政之
東京大学大学院工学系研究科 教授
講演日時:2010年10月13(水)

失敗によって日々様々な事故が起き、それによって負傷者が出たり、時に人命が失われる。いわゆる「不慮の事故」によって、毎年4万人もの方が亡くなっています。中尾氏によれば、そのうち、もちをのどに詰まらせたり、お風呂で溺れたり、階段から足を踏み外して転倒するといった事故による死亡が相当数を占めているそうです。このような種類の事故は、当人や周囲の人が注意するしかなく、万が一の時に備える必要があります。例えば、老人介護施設では食堂に掃除機が置いてありますが、これはお年寄りがのどに食事を詰まらせた際に吸引するためだそうです。

こうした事故以外の不慮の事故には様々な原因があります。製品そのものの設計上・製造上の欠陥の場合もありますし、利用者の使用法の間違いもあります。何かの製品を使っていて事故が起きた時、それが明らかに「製品自体の欠陥である」、逆に、「使用法のミスである」とわかればいいのですが、どちらかはっきりしないこともあります。この場合、責任の所在がはっきりせず、当事者間の交渉が長引くことになります。

とはいえ、日本の場合、製品を提供する企業側への負担が大きいようです。基本的に売ったが最後、とことん責任を取らなければならないのが日本の実状です。欧米では、それぞれの製品カテゴリーの寿命がXX年と定められていることも多く、それを超えて長期に使用された製品の場合は、事故が起きても賠償責任を免れます。

しかし、日本では、数十年使い続けて老朽化したために故障した場合でさえも、製造者責任を問われてしまうのです。また、製品自体の欠陥にしろ、使用法の間違いにしろ、事故が数件起きただけでもリコール、すなわち全製品の回収や修繕に踏み切るケースが近年増えています。メーカーにとっては大きな損失。中尾氏は、このままでは日本で製品を製造する会社はいなくなってしまうのではないかと危惧しているそうです。

さて、中尾氏は、2つの「失敗の公理」を示してくれました。「第一の公理」は、”人間は同じような失敗を繰り返す”(失敗の有限・反復公理)というもの。すべての事故は、なんらかの「失敗シナリオ」に分類できるそうですが、原因が分からない「未知」のケース(その多くは「天災」)はわずか5%。残りの 95%は、設計ミスや操作ミス、あるいは組織の運営や価値観が原因となっているものなど「既知」のケースです。中尾氏は「原因既知の法則」と呼んでいます。したがって、「失敗の第二の公理」が導かれます。それは、”人間は熟慮すれば失敗を予測できる”(失敗の予測可能公理)です。

ですから、実際に失敗を予防するための基本的な対策としては以下の取り組みが求められます。

  • 過去の失敗知識のデータベースを構築し、
  • 現在のリスクに似ている知識を検索し、
  • 将来の損失を回避するように対策する

この中でも特に重要なのが「失敗知識のデータベース」づくりです。大手メーカーなどでは、顧客対応窓口に、トラブルや事故などのクレームが月何千件も寄せられます。それらをわずか数人の人でチェックしていることも少なくありません。すると、同じような事故が何件も起きているのに見逃してしまい、被害が拡大してしまうということが起きるのです。膨大な数のクレームを人間だけでチェックして、類似の事故を見つけるのは困難です。データベースの助けを借りて早めに似たような失敗を発見し、対策を打つことで損失を回避しやすくなります。

ただ、上記のような仕組み以外にも、法律面での対処も必要です。中尾氏は、「法律は安全に勝つ」という言い方をされています。例えば、1,500人もの人命が失われたタイタニック号の沈没事故では、2,000人を超える乗船客に対し、救命ボートは1,178名分しか用意されていませんでした。しかし、当時の法律では1トン以上の船は、最低978名分の救命ボートを用意すればよかったのです。約5トンのタイタニック号の場合、とても間に合わない救命ボート数でしたが、法律的には何の問題もなかったわけです。ちなみに、中尾氏によれば、姉妹船のブリタニック号は、第二次世界大戦中、病院船として使用中に沈没しましたが、死亡者はわずかに20名ほどでした。なぜなら、十分な数の救命ボートが積んであったからです。

近年、ソフトウェアのようなプログラムを想像してみればわかるように、製品や仕組みは非常に複雑化しています。人智を超えた複雑さのために、そもそもトラブルの原因がどこにあるかわからない状況も増えてきています。それだけに、「失敗の予防学」の重要性はこれからますます増していくと思われます。

主要著書
創造設計の技法』日科技連、2008年
失敗の予防学』三笠書房、2007年
失敗は予測できる』光文社(光文社新書)、2007年
失敗百選』森北出版、2005年
創造設計学』丸善、2003年
設計のナレッジマネジメント』(共著)、日刊工業新聞社、1999年

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