夕学レポート
2011年02月08日
大久保 恒夫「小売業経営のプロに聞く」
大久保 恒夫 株式会社成城石井 前相談役 >>講師紹介
講演日時:2010年10月21(木) PM6:30-PM8:30
大久保氏は、イトーヨーカドーで、現場(店舗)を2年経験した後、本社の経営戦略室に異動し、よく知られた、同社の「業務改革」の事務局を8年にわたって担当されたそうです。その後独立して、コンサルタント会社を設立。「ユニクロ(株式会社ファーストリテイリング)」や「無印良品(株式会社良品計画)」の経営改革を提案、支援し、両社とも劇的な業績回復を果たします。
さらに、九州を地盤とするドラッグストア「ドラッグイレブン」の建て直しでは、同社社長に就任して陣頭指揮を取り、15億円の経常赤字から15億の経常黒字へとやはり劇的な再建に成功します。同じく、社長として経営改革にあたった「成城石井」でも、就任時の8億から30億(直近年度)へと経常利益を大きく伸ばしています。
こうして、次々と小売業の経営改革を成功させてきた大久保氏の経営の核にある信念、それは、「お客様に喜ばれる売場作りをすること」であり、そのために、「小売業の基本を各店舗で徹底して実行させること」です。小売業は、シャッターを開け、レジのスイッチを入れさえすれば、’それなり’に売れます。しかし、「あの店が好き」「あの店に行きたい」と思ってくれる固定客を増やし、売上・利益を伸ばすためには、「挨拶をする」「クリンリネス(清潔さ)を維持する」「品切れを起こさない」といった、当たり前のことをどれだけ現場で実行できるかにあるそうです。
大久保氏は、現場での実行を徹底するため、「スーパーバイザー制度」を積極的に推進してきました。スーパーバイザーは、本部からの指示を各店舗に伝え、その実行度を向上させる役割を持っています。長年、様々な小売の現場を見てきた大久保氏によると、ただ指示を投げるだけでは、店舗ではほとんど実行されません。
しかし、大久保氏によれば、本部と店舗をつなぎ、現場での実行を確実にするスーパーバイザーが機能していれば、店はみるみる良くなり、業績が改善します。ですから、例えばドラッグイレブンでは、店舗数200に対し、当初7人しかスーパーバイザー(同社での肩書きは「エリアマネージャー」)がいなく、各店舗の支援が十分ではなかったため、エリアマネージャーを20人に増員し、売場づくりの改善に注力したそうです。
大久保氏が経営再建を引き受けた時の、ドラッグイレブンの当初の経営状態はかなり悪化していました。このような場合、経費削減のため人を減らして人件費の圧縮を図りがちです。しかし、大久保氏の信念は「お客様に喜ばれる売場づくり」です。ですから、基本的に人減らしはしません。むしろ、ドラッグイレブンではエリアマネージャーを増員したように、間接人員をも必要に応じて増やします。優れた人材を育成するための教育費用も惜しみません。成城石井では、大久保氏の社長時代、人材育成費は4倍に増えたそうです。
また、大久保氏は、「ディスカウント施策」は基本的に採用しません。なぜなら、食料品・日用雑貨では、安いからといって消費量が増えるわけではなく、単に需要の先取りをするだけになってしまうからです。また、安いもの目当ての顧客が一時的に増えるかもしれませんが、安さにつられる顧客は固定客にはなってくれません。結局、一時的に売上が伸びても、しばらくすると元に戻り、安くした分だけ利益も減ってしまうので、以前よりも業績が悪化してしまうのです。
ですから、よりおいしいもの、より安全・安心な商品を発掘し、「適正価格で販売する」というのが大久保氏の商品施策です。成城石井では、オリジナル商品の開発にも力を入れています。バイヤーが日本全国、世界各地を歩き回り、販路が限られているためにそれほど売れていないけれど、優れた商品、優れた技術を持つ生産者を見つけ出し、オリジナルな商品を協働して開発しているのだそうです。いわゆる「プライベートブランド(PB)」をこのような方法で開発するのは大変手間のかかることです。しかし、だからこそ安売りすることなく、十分な粗利が取れ、業績が伸びます。卸が扱っている商品をただ仕入れるだけであれば、競合店との差別化が図れず、安売りするしかないのです。
大久保氏がなによりも「実行」を重視する理由には、「小売業は柔らかく軽い」という点もあります。需要が飽和化した現代、顧客のニーズは複雑になっていますし、何が売れるかわかりません。しかし、小売店では商品を並べてみればすぐに結果がでます。陳列の仕方、POPの作り方、店員の提案の仕方など、創造性を発揮していくらでも工夫でき、その結果がすぐに販売数に反映される。ですから、とにかくどうやったらお客様に喜ばれるか、買ってもらえるかを考えて決め、実行してみる。売れたら良し、万が一、売れなかったら、次の手を考えてまた実行する。このように柔軟に、軽快に動けるのが小売の現場です。大久保氏によれば、失敗すればするほど、だんだんと成功する確率が上がっていきます。ですから、スタッフにはどんどん失敗していいと言ってきたそうです。
「小売業ほど楽しい仕事はない」と大久保氏は信じています。人が人を喜ばせることができる仕事です。創意工夫が日々実行できて、すぐにその結果がわかり、新たな打ち手を繰り出せるのが小売業。だからこそ、現場で働く人材の育成に力を入れているのだそうです。人材育成にはもちろん、時間がかかります。しかし、経営が厳しいからといって、短期的な、一時しのぎの業績回復策を行っても意味がありません。長期的な視点で業績を伸ばせる施策を信念を持って行うことこそが、経営者の役割だと考えているそうです。
現在、大久保氏は古巣のセブン&アイホールディングスの顧問としてほぼ毎日、同社の新たな経営改革に従事されています。今後のご活躍も大変楽しみです。
主要著書
『実行力100%の会社をつくる!』日本経済新聞出版社、2010年
『すべては人なんだ』商業界、2010年
『利益を3倍にするたった5つの方法 儲かる会社が実践している!』ビジネス社、2007年
『また一歩、お客さまのニーズに近づく 会社がみるみる強くなる』かんき出版、2005年
『棚割システム活用法 売上げ・利益が上がる棚割のつくり方』商業界、1997年
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