夕学レポート
2011年03月08日
川口 淳一郎「「はやぶさ」と日本の宇宙開発」
川口 淳一郎 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授、月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ >>講師紹介
講演日時:2010年11月9(火) PM6:30-PM8:30
今回は、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャを務めた川口淳一郎氏のご登壇でした。
川口氏によれば、「はやぶさ」は、いつの間にか小惑星探査機と言われるようになったけれど、本来の目的(ミッション=使命)はサンプルリターンの技術実証だったそうです。すなわち、小惑星イトカワの地表の試料(サンプル)を採取し、地球に持ち帰る(リターン)ことが技術的に可能であるか、ということが「はやぶさ」の元々の目的なのです。
今年(2010年)6月、サンプルリターンは技術的に可能であることが実証されました。「はやぶさ」本体は大気圏に突入して燃え尽きましたが、無事、サンプルの入っていると思われるカプセルを地球に持ち帰ることに成功したからです。
もちろん、世界初の快挙です。しかしながら、「はやぶさ」の7年間の宇宙の旅は苦難の連続でした。その現場をリーダーとして引っ張ってきた川口氏のお話には、記事などでは絶対に知ることのできない臨場感がありました。
「はやぶさ」は、本体は大型冷蔵庫くらい、両側に張り出した太陽電池のパネル(パドル)を入れると、6メートル四方の大きさです。重量は約500kgと、軽自動車よりも軽いとのこと。この小型・軽量の探査機「はやぶさ」が、イトカワにたどり着いてサンプルを採取し地球に持ち帰るためには、以下の5つの重要な技術を検証する必要がありました。
1.イオンエンジン
技術的な説明は省略しますが、イオンエンジンは、ロケット打ち上げ等に使われる化学エンジンの約10倍の速度を出せます。したがって、同じ距離を進むのに必要な消費燃料は、化学エンジンの10分の1で済むというわけです。はやぶさには、イトカワまでの往復航行に必要な60kgの燃料(キセノン)が積まれていました。もし、化学エンジンを用いたら、約600kgの燃料が必要であり、本体の重さ(500kg)でさえ超えてしまいます。ですから、イオンエンジンでの宇宙航行ができなければ、地球から遠く離れた小惑星までの長旅は実質不可能だというわけです。
2.自律的航法
地球から、イトカワまでおよそ3億キロ。太陽までの距離の約2倍です。イトカワ近辺に到達した「はやぶさ」まで電波で交信するのに、片道17分ほどかかります。「はやぶさ」からすれば、地球からの指示は17分遅れで届くということになりますので、状況に応じた迅速な遠隔操作は不可能です。したがって、「はやぶさ」自身が、自分の現在位置を把握して適切な軌道修正を行ったり、機器の異常などを探知して必要な措置をとるなど、自律的航法が不可欠でした。
3.惑星表面のサンプル(試料)採取
地球の表面のサンプルを採取することは簡単なのでなかなかイメージできませんが、ほとんど重力のない微小重力下の小惑星ではそう簡単ではありません。川口氏が喩えとしてあげたのは、落下する人間が、同じく落下する石の表面のサンプルを取ろうとするようなもの。重力がないため、石にしがみつこうとすると石が逃げてしまうから、うまく採取できない。したがって、石にしがみつくことなくサンプルを採取するために考えられたのが、地表に弾丸を発射して舞い上がったサンプルを集めるという方法でした。ただし、これは、不具合で弾丸が発射されなかったため、残念ながら実証できなかった技術です。
4.カプセルの大気圏再突入(Reentry)
サンプルの入ったカプセルを地球に戻す際、カプセルを回収しやすいように、カプセルの着陸場所をある程度狭い範囲(今回は、オーストラリアのウメーラ立ち入り制限区域でした)に限定しなければいけません。このためには、大気圏への突入を深い角度で行う必要があります。すると、大気圏突入時に発生する熱エネルギーは、ストーブ15,000台を並べたくらいのすさまじいものになるのだそうです。またカプセルに係るG(重力加速度)も50Gというものすごいものです。ですから、このレベルでも破損しない、耐熱・耐圧のカプセルの開発や、ピンポイントでの着陸、回収する技術が必要でした。
5.低推力推進・・・スイングバイの活用
スイングバイは、天体の重力を活用して、探査機の軌道変更や航行速度を加速させる方法です。「はやぶさ」では、地球の重力を活用したスイングバイに世界で始めて成功しています。川口氏によれば、これは後で追加された技術検証項目だったそうです。当初、「はやぶさ」の目標は、イトカワではなく、より近い距離にある別の小惑星でした。しかし、打ち上げロケットのスケジュールの都合により、当初予定よりも遠いところにあるイトカワに目標変更となったため、スイングバイによる加速を行わなければ、従来の燃料での往復航行ができなかったのです。
さて、「はやぶさ」は、イトカワへの着陸・サンプル採取を行った直後の2005年11月末、化学エンジンの燃料漏れが発生し、電力が遮断され、地球との交信ができなくなります。この時、川口氏は、もしこのままで終わってしまったら、「科学技術はリスクばかり高くメリットがない」というレッテルが貼られてしまい、今後の日本の宇宙開発に大きな悪影響を及ぼしてしまうと、大変に心配されたそうです。
しかし可能性は残されていました。「はやぶさ」は安定性の高い設計をしてありましたので、そのうちに本体の太陽光パドルが太陽側に向いて電力が回復し、通信が再開できる確率は1年以内で60%だと推測できました。川口氏は長期戦を覚悟していたそうですが、幸い、7週間後には電力が回復し、通信が再開できました。「はやぶさ」からの電波を再び受信できた時、スタッフは夢を見ているのではないかと、当初は信じられない思いだったそうです。
とはいえ、通信途絶中の7週間は、「はやぶさ」の状況が把握できず、企業から派遣されていたエンジニアたちも「やることがないでしょう」と少しずつ引き上げさせられ、当然ながら停滞感が漂うことが避けられませんでした。そこで、川口氏は、様々な検討会を開催するなどしてアクションを取り続けることで、可能性があることをスタッフに伝えました。また、細かいことですが、ポットのお湯を毎日ちゃんと入れ替えて沸かしておくことで”開店中”というサインを内外に示したのです。まだ決してこのプロジェクトは終わりではないということを内外に明示したのです。
その後も、「はやぶさ」は数々のトラブルに見舞われますが、川口氏はけっしてめげることなく、プロジェクトのリーダーとしてスタッフを鼓舞し、モチベーションを維持することに注力しました。川口氏は、運にも助けられたと考えていますが、「はやぶさ」の成功の影には、リーダーとしての人知れずの努力があったのは間違いありません。
川口氏は、「はやぶさ」について以下の3首の短歌を作られています。
吾行かん 輝き潤む 碧(あお)き星
手がかり孵(かえ)す 終(つい)のひと駆け
まほろばに 身を挺してや 宙(そら)まどう
産(うぶ)の形見に 未来必ず
還りきて いにしえ託さん 玉手箱
まばゆき 出会い 七歳(しちとせ)一夜
どれも、自らの命を犠牲にして、サンプルの入ったカプセルを地球に送り届けた「はやぶさ」のけなげさを讃える歌と言えるでしょうか。
現在、「はやぶさ2」のプロジェクトが構想されています。初代機はあくまでサンプルリターンの技術検証でしたが、今回は本格的な惑星探査機となるようです。莫大な予算が必要であることから実現はそう簡単ではなさそうですが、川口氏は、画期的な科学技術は、ハイリスクハイリターンでなければ生まれにくいと考えています。近視眼的にならず、長期的な視点で、「はやぶさ」によって、日本が世界に先駆けて成功させたサンプルリターンをさらに洗練化させるための宇宙開発に対し、積極的な投資の必要性を強調されました。
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