KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

私をつくった一冊

2021年08月10日

阿刀田 高(作家)

慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。

阿刀田 高(あとうだ・たかし)
  • 作家
慶應MCC担当プログラム

1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください

キス・キス』早川書房
ロナルド・ダール (著)、開高 健(訳)
初版1974年9月1日

2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?

国立国会図書館を退職してフリーのライターとなり、小説を書き始めたころ。昭和50年(1975)、私は40歳でした。直木賞を受ける4年ほど前のことです。

3.どのような内容ですか?

ユニークな短編ミステリー集です。この作家に『南から来た男』という超名作があることは知っていましたが、同類のものが数編集められているのは圧巻でした。
奇妙な味と言うのでしょうか。しゃれていて、残酷で、トリックが優れています。『天国への登り道』は老夫人の苛立ちが、さりげない夫殺しとなる名編。『牧師のたのしみ』は牧師に化けて、素晴らしい骨董品を探すペテン師の失敗段。『暴君エドワード』は飼い猫が音楽家リストの生まれ替わりだと信ずる妻とそれに困惑する夫のトラブル。この作家ならではの味わいがすてきです。

4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?

当時、私は自分の書く小説に満足していませんでした。私なりの作風がなければ駄目だ、と進むべき方向を探っておりました。『キス・キス』を読み「これだ」と思い、この味わいを日本人を登場させ日本の風土の中で綴ってみようと考えました。若干の苦労はありましたが、直木賞受賞作『ナポレオン狂』に、このプロセスが鮮明にうかがえるでしょう。

5.この本をおすすめするとしたら?

奇妙な味の短編小説を読みたい方には、絶好でしょう。

星新一さんはダールを賞賛しながらも「本当によいのは5作くらいかな」と評しておられましたが、確かに「見事に決まった」という名作はそう多くはありません。それに奇妙な味がお好きな方はもう読んでいるのでは? 作家志望の方には短編の一つの書き方として参考にするのはよいでしょうが、私と同じ道が残されているかどうかはむつかしいところです。『キス・キス』と私の『ナポレオン狂』を読み合わせてみると、創作のプロセスについて見えてくるものがあるかもしれません。


阿刀田 高(あとうだ・たかし)
  • 作家

慶應MCC担当プログラム
  • agora講座

昭和10年(1935年)東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業後、11年間、国立国会図書館に勤務。その後軽妙なコラムニストとして活躍した後、短編小説を書き始め、昭和54年『来訪者』で日本推理作家協会賞、短編集『ナポレオン狂』で直木賞を、平成7年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。ユニークな短編の書き手として知られる。また、エッセイとして『知っていますか』シリーズ、小説『闇彦』、『知的創造の作法』、『私が作家になった理由』など多数。
2003年紫綬褒章、2009年旭日中綬章受章、2018年文化功労者顕彰。日本ペンクラブ第15代会長、1995年から2013年まで直木賞選考委員、2012年から2018年3月まで山梨県立図書館館長を務めた。
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