私をつくった一冊
2022年04月12日
花田光世(一般財団法人SFCフォーラム代表理事、慶應義塾大学名誉教授)
慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。
- 花田光世(はなだ・みつよ)
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- 一般財団法人SFCフォーラム代表理事
- 慶應義塾大学名誉教授
- 慶應MCC担当プログラム
私(先生)をつくった一冊をご紹介ください
私を作った一冊の本。一冊というのは難しいですね。
私が遠い昔の子供のころ、母親が読んでくれた絵本がありました。『小さいおうち』を平原に建てました。自然の中に。時代とともに、周囲の環境がどんどん変わり、都会の真ん中の喧騒の中の小さいおうちになりました。でもその家で育った人たちの関係者がおうちをまた自然の中に移して、幸せな毎日にもどりましたというお話だったと思います。今でもその平原の中の、そして都会の中の小さいおうちの絵が頭の中に蘇えります。おそらく70年近く前の記憶です。
もう一冊、同じく母親が読んでくれた一冊。『みんなの世界』という絵本です。記憶に残っている主人公は「おらが君」。細い線の手と足。頭には毛が三本か四本。まん丸の顔のおらが君。これが私の記憶です。おらが君は「私が、私が中心」で、でも世界はみんなから成り立っているという内容だと記憶しています。これも70年近く前の記憶。その二冊、環境と自然、そして時代の移り変わりがテーマの一冊と、一人で、私中心で世の中まわりませんよという一冊。「こどもごころ」に、大切なものはなんなのかを、母親に読んでもらい、「こころに刻まれた」一冊でした。自分にとっての「大切なことを刻んでくれた」、とても大事な二冊です。
『Living, Loving&Learning』『Born for Love』の二冊は「自分を見失った時、大切なこころのあり様を温かく照らしてくれる」大事な二冊です。著者はLeo Buscaglia、イタリア系アメリカ人です。教育(心理)学=学び、生き、人生を愛することを、ゲシュタルト的な考え方で教えてくれた大切な本です。Leo は1998年に亡くなりました。74歳でした。そして私が今年74。生きることの意味を改めて問い直してしまいます。問い直す機会をいただいたMCCに感謝です。
Leo の著作と言えば、皆さんの一番よく耳にされる本は「葉っぱのフレディ:いのちの旅」でしょうか。原題:The Fall of Freddie the Leaf。私はこの本に関して言えば、原題の方が好きです。いのちの旅は直接的過ぎますよね。それにLeoにとっては「Fall」が重要なのです。南カリフォルニア大学で20人がけくらいの教室で大勢のカウンセラーの方々と一緒に彼の講義でもない、スピーチでもない、生きることの大切さの語りから多くを学びました。季節としての秋は必ず訪れます。そして色とりどりの葉っぱも変化し、色々な出会いや経験をし、そして多様な色合いの中で自分の色をしっかり出して次の葉っぱを茂らせる栄養素となって終わります。私が「ゲシュタルト的な考え方を私の生き方」として大切にできているのは、おそらくこのLeoとの一連の会話からだと思います。クラスの中で興が乗ると彼が語ったのが、彼がどれほど「秋」の「落ち葉」を愛しているかの一連のエピソードでした。あまりにも一枚一枚の葉っぱが愛おしく、リビングルームに葉っぱを敷き詰めてしまった話など、今でも記憶に蘇えります。私が25くらいでしたから50年近く昔の記憶です。
彼が私に真顔で言ってくれたこと。これも記憶に残っています。
「ミツヨ、君はミツヨだよ、ハナダではないよ。私はフォーマルな場でも君をハナダとはよばないよ。君はミツヨなんだから。日本人は姓で呼ばれることが多いようだが、ハナダはあなたの器、背景、今のミツヨにつながるライン。でも大切なのはハナダではなく、ミツヨだよ。」と語ってくれました。
「嫌いなミツヨもいるかもしれないし、好きなミツヨもいるかもしれない、どうでもいいミツヨもね。でもそれが全部大切なミツヨなんだから、そのミツヨを受け入れることが Loving なんだよね。」
当時、私はアメリカ人の友人からミツヨとよばれることに、戸惑いや、なんというか表面的に良好な人間関係を築こうとする軽薄さを感じていたと思います。アメリカで育った方や、今の若い方々はそんな感覚は決してもたないと思いますが、当時の私はどうもダメでした。それ以来、ミツヨとよばれることの意味を実感しなおしました。大切な私の実践は、「おらが君」の「私は、私は、とは違う」、今をしっかり生きること、自分をしっかり受け入れること、そして自分が変わっていくこと、それが私を、私のキャリアを、私の人生をツクルことだという信念をもっています。表面的な自己実現やナルシズムに対する私の「それでいいのか」感につながります。
Living, Loving & Learning は翻訳されていますが、私はオリジナルを読まれることをおすすめします。難しい単語は出てきません。わかりやすく、彼が語りかけてきます。この本の章に Bridges Not Barriers という章があります。
Since I was a child, I have been fascinated by bridges, so when I first learned of the theme, I immediately got out the dictionary, and this is what it said: “Something that fills a gap, a pathway over a depression or an obstacle.”
ではじまる章ですが、物理的なコネクターではなく、こころのブリッジをどう構築するかがカウンセラーの第一歩というメタファーがカウンセラーの役割の大事な一章だと考えます。
Living は生きること。Loving は受け入れること。Learning は変わること。これが教育であり、カウンセリングであり、キャリアの歩みであること。そして私たちの役割は、一人ひとりと一人一人の現実とを結ぶ橋を築くことのお手伝い。これを教えてくれた大切な本であり、私を温かく見守ってくれる言葉があふれる一冊です。
- 花田 光世(はなだ・みつよ)
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- 一般財団法人SFCフォーラム代表理事
- 慶應義塾大学名誉教授
- 慶應MCC担当プログラム
- 南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。産業能率大学教授、同大学国際経営研究所所長を経て、1990年より慶應義塾大学総合政策学部教授。企業組織、とりわけ人事・教育問題研究の第一人者。
日本企業の組織・人事・教育の問題を研究調査、経営指導する組織調査研究所を主宰する。特に最近はキャリア自律プログラムの実践、Learning Organization の組織風土づくり、情報コミュニティの構築などに関する研究、企業での実践活動を精力的に行う。産業組織心理学会理事、アウトソーシング協議会会長をはじめとする公的な活動に加えて、企業の社外取締役、経営諮問委員会、報酬委員会などの民間企業に対する活動にも従事。
現在は、キャリア・リソース・ラボの活動に加え、一般財団法人SFCフォーラム代表理事として活動。
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