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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

私をつくった一冊

2023年12月12日

余田 拓郎(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)

慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。

余田拓郎

余田 拓郎(よだ・たくろう)
  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授
  • 慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

慶應MCC担当プログラム

1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください

科学論の展開』(リンクは2013年改訂新版)
A.F.チャルマーズ(著)
恒星社厚生閣
1983年5月

2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?

企業の研究所で働いていた30代半ば、マネジメントに関心をもち博士課程に進むことになりました。その博士課程の授業初日に、指導教授の嶋口充輝先生から提示された課題図書が本書でした。それまで自分の研究活動を「科学」かどうかなど考えたこともない理系エンジニアにとって、アカデミアの洗礼を浴びるに十分な1冊となりました。新入社員が入社し、研修を通じて企業人としてのルールややり方を覚えるのと同じように、本書をはじめとする科学哲学や方法論を身につけることから博士課程での生活が始まりました。

3.どのような内容ですか?

本書の位置づけは、科学哲学の入門書ということになります。入門書ですが、奥は非常に深い書籍です。反証可能性やパラダイムシフトなどのワードで広く知られているポパーやクーンの名著を理解するためにも欠かせない一冊です。研究者のもつ科学観は、研究の方法や現実社会との関わり方にも大きく影響するものです。少し大げさな言い方をすれば、科学論や科学哲学と接点をもつことなく研究を進めていくと、暗闇の中で行き先を見失って彷徨うことになってしまいます。

4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?

それまで理系の世界で生きてきた私にとって、科学とは何か、とか、科学であるために、といった疑問に考えが及んだことは皆無でした。理系の学問領域は科学であるという認識が広く共有されているためそういった疑問は起こりにくい。一方、マーケティングのような新しい分野(といっても100年以上経過していますが)の研究を遂行する上で、科学の要件に厳格になることは学問が広く受け容れられるために非常に重要なテーマだといえるでしょう。博士課程での研究をスタートさせるに際してマーケティングマネジメントとはまったく領域外の課題図書を提示されて、あらためて博士課程で期待される研究の幅の広さと質を認識させられることとなりました。さらに言えば、本書との出会いは、アカデミアという実務の世界から見て得体の知れない世界に飲み込まれていくような感じだったことを思い出します。

5.この作品をおすすめするとしたら?

本書は、修士課程や博士課程での研究に着手した学生の必読書といってよいでしょう。論文とレポートの違い、ケーススタディをはじめとする個別事例研究の意義、理論や概念と現実世界との関連づけなど、はじめて一人で研究をスタートしようとする際に生ずるこのような疑問に直面したらじっくりと読んで欲しい一冊です。

余田拓郎

余田 拓郎(よだ・たくろう)
  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授
  • 慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

慶應MCC担当プログラム

1984年 東京大学工学部電気工学科卒業。住友電気工業株式会社を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)、同大学大学院経営管理研究科後期博士課程修了。経営学博士。
1998年名古屋市立大学経済学部専任講師。同助教授を経て、2002年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2007年4月より同教授。
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